ユトリーヌの東方同人備忘録

幻想をわすれえぬものにする為に…

凋叶棕「逆」 感想(逆ver)

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  どうも、ユトリーヌです。いやぁ、凋叶棕はやはり最高に頭おかしいね‼︎「夏コミ新刊、6月8日発売‼︎」これを頭おかしいと呼ばずしてなんと… いや、“天邪鬼”と呼べば良いのか…  私はRDさんの速報を発売1時間前に確認して速攻でメロブに向かい、6時ぴったりに1秒の狂いもなく購入したので、製作陣以外では世界一早く入手したと自負しておりまする。

 

 さて、今回の新譜名は「逆」。  RDさんがもう夏コミお疲れ様でしたツイートをしてるのに習って、私も聴く前に中身を勝手に予想しながらレビューしようと思う(ガンギマリ)。私が目にしたのはまだ帯の裏だけだ、その状態で書く。よってここから先は天邪鬼がほざく、嘘にまみれたレビューとなるので勘違いされないように。

 

ちゃんとした考察はこっち。こんなくだらない妄想見てないでこっちを見てお願い。

 

 

 

 

 

 

 

特設サイトについて

 

 最初に確認するのは当然ここ。「逆転」をテーマに展開される 攻撃的/哀れ な物語!」とのこと。間に空白があるのは…ってのはさすがに考えすぎだと思いたいが、「祀」の「象徴、そして 」を見てしまうと何かあるかもと疑ってしまう病気。

   最初、Illustration はなだひょう先生じゃないの?と思ったけど、その後気づいてあっ、、ってなる。

 また、凋叶棕といえばお約束の特設サイトネタがあるね。「逆」を名乗って裏ページが無いわけがないと捜索した。このアルバムによって描かれる逆転劇の構造の根幹がまさかここで明示されるとはね。

 そう、主犯である天邪鬼”鬼人正邪”は同時に、観測者として物語のoutsideに存在する。いや、しようとするのだ。

  

Downfalling Ideology

  なぜトラック11から書き始めたのか、騙を見てきた皆ならわかるよね?そういうことだ。

    疾走感あふれる曲調。当たり前だろう、私たちはいま真っ逆さまに暗闇の中を落ちて行ってるのだから。あの最弱たる天邪鬼である観測者がイデオロギーをひっくり返すのだ。彼女以外のすべてがその下に落ちていく。これはこれから描かれる逆転劇の始まりを告げる曲、云わばオープニングテーマとでもよべるものだろう。

 しかしどこか違和感を覚えないだろうか。そう、所々で逆再生が混ざっている。聞こえてくるのは幻想郷を統治するものとして君臨していた元”強者”達のテーマ曲たち。これを逆転によって彼女たちが転落したことを示すものとしてとるか。それとも...

 

語九十九節

  物語は、世の逆転を望んだ”弱者”たちから描かれていく。九十九姉妹をはじめ、かつて道具として強者たちに扱われる者たちは当然こちら側だ。彼女たちの行う、一見似つかわしくないような激しいロック調の演奏。まさに世の逆転”革命”の第一派を努めるのにふさわしい1曲ではないか?

 

Enslaved

 持ち手に反旗を翻した道具たちのほかに、明確に”弱者”側として上下関係が描かれている少女を考えてみよう。宮古芳香、彼女がいる。最初は原曲として明記されている”古きユアンシェン”が奏でられる。強者としての威厳のある、霍青娥らしい余裕のある雰囲気だ。しかしそれは徐々に荒々しい曲によって塗り替えられていく。そう”リジッドパラダイス”によって。その様子はまさに強者を喰らう弱者の姿をありありと表しているようで…。Enslavedの主語と目的語の入れ替わるまさにその瞬間の物語。

 

アノインシスター

 直訳:うるさい姉妹 逆転はイデオロギーだけにとどまらない。もし対になる能力を持つ二人の存在が逆転するのだとしたら...? 閉じた瞳を持つ少女が目を見開き、すべてを見通す瞳を持った少女がそれを閉じてしまったら…。このような結末を迎えるのは自明の理なのではないか。

 こいしが覚り妖怪としてのアイデンティティを完全に失い、無意識として人々に認識されない環境—――人々の認識をその糧とする妖怪としては致命的な環境にも関わらず滅せずにいられたのは、姉が彼女を覚り妖怪として見続けてくれたからに他ならない。

 しかし逆転した世界のなかで、こいしは瞳を開きさとりは瞳を閉ざした。ヒエラルキーが逆転したことで、元々地霊殿の主だったさとりは地底の者どもから最下層の扱いを受けることになると思われた。しかし本人は無意識と化し、誰の目にも入らない。その悪意の矛先は唯一の肉親であるこいしに向く。彼女を助けてくれる強い姉はもうどこにもいない。襲い来る大衆の強い悪意にさらされ続けたこいしはそうして絶望への道を辿る。そして自分を覚り妖怪であると認識しうる唯一の存在を失ったさとりがたどる道もまた同様...。 あぁ~どぎつい。

 

交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想

 「徒」にて描かれたアリスの戴冠式。今回は時をさかのぼって母 神綺にスポットライトがあてられる。魔界の帝らしい、厳かで重厚感のある一曲。ラストのほうで雰囲気ががらっと変わったのは、それすらも逆転してしまったからなのだろうか。神話が幻想に過ぎないとなった結果アリスが戴冠することになったのか? この曲は謎が多くてまだまだ解釈に時間がかかりそうだ。

 

異聞『正義の味方』

 「奉」輝針「セイギノミカタ」を正邪視点から描いた一曲。なにこの熱い正針、泣くぞ私。

 まずこの曲構成がずるい。最初と最後は正邪本人の曲、そしてこの正針を描いた曲はそのちょうど中間に存在する。これが何を意味するか、曲順がひっくり返っても正邪と針妙丸の距離は変わらないのだ。そう、逆転した世界でも二人の関係性は変わらない。

 そして特設サイト裏にもあったあの歌詞「お前の物語を進め。それがお前の...」なんだか気持ちが高ぶっていて何を書き出すかわかったもんじゃないのでやめておこう。

 あれ、でもなんで観測者であったはずの正邪はここにきて表舞台に顔を出してきているんですかね...。じつはこれが最大の胸熱ポイントなのだが一旦置いといて次へ。

 

Revoke

  折り返し地点を過ぎ、物語は堕ちていった”強者”たちを描き始める。幻想郷を作り上げた賢者が一人、摩多羅隠岐奈。彼女の命令は今や、二人の臣下には届かない。Revokeされてしまう。次曲の前日譚。

 個人的に原曲の"秘神マターラ"がかなり好きなのでアレンジは素直にうれしい。だがここまで鬱々とした重たい曲調へとなってしまうと、きっついものがあるよね。

 

至天

 ヒエラルキーは逆転し、二童子は摩多羅隠岐奈より上の存在となる。あれだけの強大な力を持っていた彼女を超えたのだ。二人は思ったことであろう、今の私たちこそが頂点だ、天に至ったのだと。

 しかし彼女たちは、元からいかに強い立場であったのかを知らなかった。逆転したこの世界にてふたりが絶対秘神を超えたのであれば、それをも超える者たちが無数に存在するはずだという当たり前のことに、彼女たちは気づかない。

 そんな状況で後戸の国を出て、混乱しきった幻想郷に足を踏み入れた彼女たちは井の中の蛙に過ぎなかったわけだ。

 まあ、二人が死ななかったのでストーリーとしては平和。(と思わせといての次曲よ)  前曲に続いて原曲”クレイジーバックダンサーズ”が大好きなのでアレンジは本当にうれしい。カラオケで歌いたい。

 

ヘクセン・タンツは斯くの如くに

 とても陽気に奏でられる音楽。そこはまるで舞踏会かのような…。曲名的には、へクセンタンツプラッツ(魔女の踊り場)でのヴァルプルギスの夜(魔女祭り)が描かれているのだろう。

 ん?なんだか遠くのほうで小さくパチパチとした音が聞こえるね。雨の音? いや、何かを燃やす音...。ああそうだ、魔女狩りが行われている。革命が起きた世界で強者だった者たちが一様にたどる結末は弱者による処刑。いつの世だってそれは変わらないし、それはこの幻想郷だって同じだ。そして炎の音とともにかすかに聞こえる”クレイジーバックダンサーズ

 炙られる強者たちを囲んで弱者たちは楽しそうに踊り狂う。後戸の国からやってきた二人は踊り狂う側にはいない。当たり前だろう。すべてが逆転したこの世界でその立場だけが入れ替わらないなんて幻想はあり得ない。

 こんな曲なのかな?インスト曲なので解釈が難しいが、パチパチ音のなかにクレイジーバックダンサーズが聞こえてくるんだ、こういうことなんだろう。

 

ノーモア、エニモア?モア―モア?!

 物語が弱者から順に描かれていくのならば、最後に博麗霊夢の曲がやってくるのは予想がついていた。幻想の象徴であった彼女はいまや、ヒエラルキーの最下層にいる。 

  基本的に全ての物事において受動的な態度を通している霊夢。そんな彼女が逆転したならば、この曲のようにあらゆるものを欲するエゴの権化と化すのも納得だろう。もっと、もっともっと、あれが欲しい、これが欲しい。

 彼女が能動的でいなくても悠々とした生活を送れていたのは何故か、それは彼女が”強者”だったからに他ならない。自分で行動を起こさない”弱者”が生きていけるほど、世界は甘くない。そんな楽曲。

 最後の曲としては、闇度が低くないか?と思った君。BAD ENDがいつも凄惨な悲劇で終わると思ったら大間違いだ。むしろ凄惨な最後であったほうがまだ、物語の表舞台に立てている分救いがあるように思える。しかし弱者にスポットライトは当たらない。誰にも気づかれることなくみじめな生を続けることこそが、一番のBAD ENDなのではないかと思ったり。原曲”永遠の巫女”、彼女の弱者としての生はそう簡単に終わらない。

 

 Uprising Ideology

 堕ちていく、どこまでも堕ちていく。聞こえてくるのは風を切る音と、遠くからかすかに届く物語の登場人物たちの原曲だけだ。

 天邪鬼、その本質は”逆転”。その気質は世界へ向いたとき”下剋上”となる。世界を逆転したことによって頂点に立ってしまえば、下剋上は起こせない。それは自己のアイデンティティの否定につながる。確固たる概念のもとに形成されている妖怪にとって、それは死に等しいものだ。下剋上を起こさずにはいられない、しかし成功してしまえば自己の立場がなくなる。そんなジレンマを抱えていた。

 だからその天邪鬼は世界を逆転させることに成功するや否や、表舞台から姿を消し観測者となった。そうすれば自分はヒエラルキーの頂点には立たずに済む。自己のアイデンティティを失わずに済む。

 しかしことは起こる。異聞「正義の味方」によって描かれるそれによって、彼女は表舞台に出ていかざるを得なくなった。幻想郷に出て行ってしまった時点で、彼女は頂点に立ってしまうのに...だ。そうまでして針妙丸に伝えたかった言葉が「お前の物語を進め。それがお前の正義だ!」泣くでしょこんなん。

 そうして天邪鬼は、鬼人正邪は存在基盤を失い幻想郷から排される。そう、イデオロギーが上がりに上がった(Uprising Ideology)結果、彼女は外側へと追いやられるのである。あぁ、なんて哀れな。

 

マイナストラック

 しかし、安心してほしい。物語にはまだ続きがあるのだから。曲順が逆転して描かれた物語。その最後を飾るのは1トラックではない。「屠」では背後から声をかけられたが、「逆」ではこちらから声をかけに行ってやるのだ。ここに関しては綴ってしまっては野暮であろう。

 

 

 さて、妄想レビューを繰り広げてみたわけだがいかがだっただろうか。そもそもこれをやろうと思った理由が、諸事象で夜遅い時間になるまで音楽が聴けない状態になってしまったからだ。本編を聞けるなら真っ先に聞くわ‼そりゃそうでしょ。

 まあ結果的にあとで読み返して面白いと思える文章になったのなら良しとしよう。あぁ~早く聞きたい。