ユトリーヌの東方同人備忘録

幻想をわすれえぬものにする為に…

円七面鳥「アンディファインドマーダーズ」

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    どうも、ユトリーヌです。今回は東方紅楼夢14にて領布された円七面鳥さんの新刊「アンディファインドマーダーズ」について綴ろうと思う。

 

    まずはサークル主さんによる紹介文をば。

 

    読み手を徹底的に騙して、惑わして、常識的な認識を破壊しにかかってくる強烈な作品。全てがundefined。私はおそらく、著者の想定したであろう罠に完璧にハマっている。

 

    私は紅楼夢には参加しておらず、書店委託もされていない新刊であったので入手は厳しいかなと思ったのだが、サークル主の鍵入たたらさんのご好意により個人通販をしていただいた。

    11月中頃までは続けているそうなので、興味のある方は頼んでみてはいかがだろうか。というか初見で読んだ時の衝撃がすごいので、是非何も知らないまま騙されてみてほしい。



 

 

 

    さて、それではここから一つ一つの作品の感想を述べていこう。ちなみに私自身は『ノックスの十戒』『ヴァンダインの二十則』なら知っているよという程度のミステリー初心者。なので「この話にはこういう面白さもあるんだぜ⁉︎」みたいなことがあれば是非教えていただきたい。

 

    以下ネタバレ。

 

 

 

 

 

  • 彼女の思い出

    冒頭からいきなり謎をふっかけてくるこの作品。結論を知ってしまうと多少の出落ち感はあるネタなものの、最初に「なんだか認識がズレているぞ…」という感覚を抱かせるのはまさにコンセプト通り。実際1週目には早速ジャブをかましてきたぞとニヤニヤしながらページをめくったもんね。

    その次のページに見開きでタイトルが来ているのも、一気に引き込まれる要因となっているように思う。

 

 

 

  • バナナは見ていた

    さとり様の叙述トリック講義を聞いてる途中で、問題編のトリック三つのうち『視点人物の隠匿の叙述トリック』には辿り着き「これ根幹部分は完全に捕らえたんじゃないか…?」とニヤニヤしながら読み進めたら最後の最後でひっくり返された。作品のコンセプトを再確認。

    短編集の始めの方にこの講義を持ってきていることによってこの後のミステリーも格段に読みやすくなっているところに、構成の上手さを感じる。

 


    東方二次創作ミステリの魅力の一つとして、ノックスの十戒の1番「犯人は物語の始めのほうで登場している人物でなければならない」をガン無視できる事が挙げられると思っている。書き手と読み手の共通見解として原作の存在があり、双方がそれを把握していることを前提として話を進める事が出来るからだ。

    この短編の最大のトリックはまさにこのパターン。地の文と会話文の齟齬に違和感を感じ始めた所で、全くその存在が示唆されていなかったのに「あっ、これこいしの一人称なんじゃね…?」と思い至れるのが楽しい。

 

    また、所謂“1人1能力もの”のミステリーも大好きなので、さとりの読心能力によってしか成立し得ないトリックというのもツボにどストレートだった。まあこういうのは逆に“この人物でしか成立し得ないトリックがある”というのが看破された場合、芋づる式に犯人に辿り着いてしまうというデメリットもあるのだけれど(某シロクロのクマさんによる裁判ものを思い浮かべながら)。

    とか思ってたらあとがきで『古明地じゃなくてもこれをやるのが日本のミステリ界』とか書いてあって怖い。

 

   

    「え、最初から」という言葉で(まさか彼女の思い出bのこと言ってんじゃないだろうな…)と疑心暗鬼になったりもした。

 

 

 

  • 自律人形の夜

    “魂の在り処”を定義する為のアリスとパチュリーの問答が最高に面白いし私好みで惹かれたんだけど、何より凄いのがそれを叙述トリックに絡ませた上で本当に美麗な物語に昇華できてるところ。

 


    “叙述トリックの為のストーリー”だとか“哲学的な主張の為のストーリー”というのは結構よく見る。当然その狙い通りによく出来上がった作品は魅力的であるのだが、そのほかの部分でここも詰めればより良くなるのに…と残念に思うことも少なくない。

 

    しかしこの『自律人形の夜』はそれぞれがハイレベルな上で、それらを見事に1つに纏め上げている。

    1つ1つの話題にしっかりとした意味が持たせられてはいるが、どこか遠回しな言及だった問答。それがあの命題で一気に核心に切り込んできた時は、一瞬ぽかんとした後に震えがやってきたね。著者の技能が恐ろしい…。

 


    提示された哲学的な諸問題に対する明確な解答がなされなかった(エミーの最後の実験結果を含めて)のは、とても綺麗な終わり方だったように思う。目を覚ました私は、果たして私なんですかね。

    個人的にああいった議論は趣味、娯楽として楽しむ程度が一番だと思っているので、パチュリーには賢いと言ってもらえるかもしれない。アリスからしたら思考放棄に過ぎないみたいだが…。 与太話でした。

    

    あと読み進めながら「著者さんにSOMAやってみて欲しいな〜」とか考えてたら既にやってた。過程を考慮しない&交換でなく複製verのテセウスの船。アリスにやって頂きたいゲームNo.1だよね。

 

    気になっているのが、タイトル下のアリスの文章。解読できたりするのかね…?

※追記 構成担当のアラツキさんのツイート

 

 

  • ラテラル:ある親子の話

    水平思考ゲームは結構好きだったりする。友達内でよくやるのだけれども、ここまで高度な情報戦は見たことがないよ。あんなに効率的に可能性を潰せるものなのか…。


    咲夜の質問の意図を理解した上で、更に認識をずらしにかかる魔理沙も頭の回転が速すぎる。まあ結果的にはそれが墓穴になったわけだが。

 


    実際に現実のゲームにも落とし込めそうな戦略もあったので、参考にさせてもらおうと思う。「全て同じ“人物”を指すのか」とかは答える側として使えるし、問題を出す側でも「登場人物たちが正しい認識を持っているとは限らない」叙述トリックは使ってみたい。

 

    オチまで含めて本当に良く考えられてるわ。凄い。

 

 

 

  • 鵺的天鼠

    最初にした事は、タイトルの影が違う文字だったりしないかの確認(全てに対して疑心暗鬼)

 


    この話の最大のオチに関しては結構分かりやすかったかな。「あー……昼過ぎに取り込んだよ」という村紗(?)の台詞と「そう……それは、うん」というぬえの間の空いた台詞で察して、ナズーリンの一言で確信した。最後の川辺のシーンに入った所で、ラスト1文の内容まで予想できた。読み進めているうちにミステリ耐性が上がっている…。

    まあ自律人形の夜のパチュリー曰く「良い設問は回答者の自主的な推測を促すもの」なので、この短編もそういうことなのだろうなと。

 

    ただ、細かいところまで全て納得できたわけではなかったり。

    まず疑問なのがぬえの能力の応用範囲について。スペルカードから見てぬえは分身出来るっぽいので、村紗とぬえが同時に存在していることは納得。でも正体不明の種を分身につけたとして、どうやって村紗だと認識させていたんだろうかという。最初は強い言葉でそう認識させたのかと思ったけど、最初に分身が発言する前にナズが「ムラサは?」と話しかけてるから違うっぽいし…。

    あともう一つが濡れ煎餅のくだり。わざわざ2回も描写されてるので意味があるのだと思うんだけれども。どうなんですかね?

    このあたりはもう少し読み込みたいと思う。

 

 

    個人的に一番好きなのは雨を用いた描写。そのままの意味の天気雨がアリバイの根拠として用いられていると同時に、ナズーリンの一人称の文の中で比喩としての雨が用いられていることによって、「もし降られても、きっとすぐに乾いただろうさ」という言葉が2つの意味を持っている。よく考えられているなと。

 

    ぬえはこの短編集のトリを務めるのに相応しいね。

 

 

 

    以上が各話の感想。一番好きな話は「自律人形の夜」。ああいう哲学的ゾンビだとか主体性の話は大好きなので、それを更に他の要素と絡めて昇華しきっているのには感銘を受けた。これを読み終えた時点で、本棚のお気に入りゾーンに配置することが確定したよね。

    その他の話も、私の素人並み感ではあるもののミステリーとしてレベルの高いものに感じたし、各話の配置順等の構成も素晴らしかった。自信を持って人にオススメできる作品である。